今年のゴルフシーズンも終わりが近づいてきている。この時期になると”賞金王”の話が賑わうが、石川遼くんが2位につけているのは素晴らしい。一般的に大学を卒業してサラリーマンになると定年までの給料の総額は約2億円と云われているが、遼くんは18歳なのに2年間で2億円以上を稼ぐことになる。サラリーマンは”人生いろいろ”の中で30年以上かかってやっと2億円を稼ぐのと比べると雲泥の差である。しかも彼はコマーシャルに引っ張りだこのようだからその収入は倍以上ではないのだろうか。彼の親父さんも素晴らしいと思う。
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石川遼くん
新型インフルエンザ
大学も夏休みには実家へ帰る学生も多かったので、インフルエンザも落ち着いたかに感じられたけれど、情報があまり入らなくなっているだけで、特に体育会の合宿では数人がまとまって合宿所から強制的に帰された部員も多かったようだ。そういえばTVでも「新学期が始まったらインフルエンザの学生が増えた」という報道があった。今回の新型インフルエンザは集団生活の中で発生が多いようだけれど、マスク、うがい、手洗いなど基本的な予防策が功を奏している。大学でも要所に手洗い用消毒液を設置し、”手洗いの励行”ポスターが貼ってあるが、見ていると手洗いなどを実行している学生は半数にも満たない。何事も自分や身近で遭遇しなければ”やらない”のは世の常なのかもしれない。
藤野たちとのゴルフ(2)
プレイ当日、4人のメンバーは高校時代の”同窓会”的雰囲気だったから朝ゴルフ場のレストランでコーヒーを飲みながらスタートタイムぎりぎりまで昔話に花が咲きゴルフは二の次になってしまった。志水は「定年後殆どゴルフはしていない」と云っていたけれど、彼のプレイは迫力には欠けているが、スコアをまとめるのには長けていて午前中は負けてしまった。午後になると、志水は「腰が痛い」と云ってプレイを止めてしまったので最後の勝負は出来なかったけれど、彼は”ギャラリー”として3人のプレイについて廻り、我々のボールを捜したり、スウィングのアドバイスなどもして楽しい一日だった。
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藤野たちとのゴルフ(1)
GISTについては”デコ助医者”から「治験薬は効果なし」と決め付けられ、私自身は”あまり効果が無いのではないか”と思っているS薬の服用を勧められているし、KG病院の長井医師も「S薬を続けましょう」と云っているので、他に選択肢がないから仕方なく副作用が多いS薬の服用を始めたのだけれど、これからずっとこのS薬の副作用に悩まされながら生活するのかと思うと、滅入ってしまう。そこで副作用がひどくならない内にゴルフでもして気分を紛らわそうと考え、例によって藤野へゴルフ場予約依頼のメールをした。私が彼に予約を頼むとメンバーは高校時代の体操部の3人と大学時代の芳野の4名が決まっていて、彼らとは全く気がおけないし会話もあうのでベストメンバーであると思っているけれど、藤野から「今回は体操部の志水に声をかけよう」というメールが返ってきた。志水は高校時代のマネージャーで大手商社で官庁関係へ機材を納入するトップに登りつめた奴だから、”接待ゴルフ”漬けだっただろうから、”機械体操は出来なかったけれどゴルフは上手い”のではないだろうか、彼とは高校を卒業して初めてのプレイになるのだから楽しみにしていた。
10月31日のTVを見て
10月31日ゴルフ中継を見ていて、コマーシャルの時間になった時に何の気なしにチャンネルをNHKに変えてみたら、私が通院していたNG病院でがんの治療を続け、昨年亡くなった”ニュートリノ”の権威だった人の番組をやっていたが、彼の主治医だったS医師の患者に対する対応を見て”この医師が患者の気持ちを汲んだ正しい医師”だと感じるとともに、私を診ていた土肥医師は同じ病院の同じ地位である”医長”でありながら”こんなに違う”のかと又腹が立った来た。
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KG病院でのCTの結果(2)
腫瘍の変化をまとめると表のようになるけれど、今年の3月から7月までの間3回のCTスキャンをしているが、私が土肥医師に聞いても「問題ありません」という答えだけで、7月に「貴方の腫瘍は”PD=悪化”です」と云われた。それまでは「問題ない」と云っていたのに「PDだから今日から治験薬の服用を止めてください。貴方は治験患者ではありません。」と云われた時の何とも云えないショックが思い出されて、それまでのいい加減な経過説明しかしていなかった土肥医師に腹が立つ。
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KG病院でのCTの結果(1)
NG病院での4回のCT結果は土肥医師が最後の結果だけを肝臓について「PD=悪化」としか説明してくれていないけれど、NG病院での5ヶ月間の”検査漬け”の期間では少なくても「NC=変化なし」ではないだろうかという気持ちがあったから、9月に入ってKG病院でのCTの結果を聞く診察日、”腫瘍の大きさは変化なし、または少し小さくなっている”という長井医師からの説明を期待して通院した。
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KG病院への出戻り
NG病院からKG病院へ再転院して、私のデータはKG病院へ送られたけれど、KG病院では又CTやPET-CTをさせられた。私が現役の頃、他社のデータはどうしても信用が出来ず同じ実験をしていた経験から、KG病院ではNG病院のデータがあるのに同じ検査をさせられることに、頭の中では理解できるが、”生の人間”が少なからずダメージを受ける検査は面白くない。
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友人の死
私が通っている大学はキャンパスの中を公道が通っているが、その公道を学生達が道一杯に”我が物顔”で歩くので、その交通整理のために”交通警備員”が17名配置され交通整理をしている。その彼らの中の何人かとは親しく話をしているが彼らの殆どは60歳以上で、現役時代はそれなりの役職まで登りつめたけれど、いろいろな”訳あり事情”があって生活のために働いている。
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網戸制作
Sからの電話
Sの私に対する心配は本当に嬉しかったので、その日にSの息子さんに電話した。するといきさつを聞いていた息子さん(Y君)はいろいろなアドバイスをしてくれたが、会話は「AMN治験薬はデータ上GISTには効果があることが多い」「ただ、医師が”効果がない”というのであれば中止すべきかもしれない」「土肥医師は癖があるが、我々の間では”歯に衣を着せない医師”として見られている」「土肥医師が云う”貴方はブラックリストに載ってしまった”というのは脅かし」「医師を通じないで治験薬を入手する方法はあるが、どうしても高価になってしまう」「長井医師の評判も調べたが、真面目な医師のようだ」「GISTの権威は大阪にいるので、場合によってはその医師に相談する方法もある」などということだったけれど、一ヶ月約100万円の薬代は私にとっては高すぎるし、大阪まで通院するのも決心がつかず、治験薬を服用するまではS薬を服用し長井医師も”効果は認められる”ということだったのだから、きつい副作用を我慢して”相性”が良い長井医師の診察を受けることにした。Y君も「その選択肢は勧められる」と云ってくれたので、決心がついた。
大田の訪問とSからの電話
大田も心配してくれているのだから答えにくかったけれど「いやSにはまだ連絡していない。というのは土肥医師からはAMN治験薬は効果なし、という判断をされているのだし、もしかしたらSの息子さんにも迷惑がかかるかも知れないから、俺はKG病院での診察を受けようと考えている」と云うと「Sが連絡をよこせと云っているのだから、連絡だけはすべきだろう」と文句を云われ、その翌日、大田は私が通っている大学の昼休み時間に会いに来たのである。そこで彼とはいろいろ話したが彼は私が”優柔不断”であることにイライラして、近くにあった電話でSに電話をしてしまったのである。そこで私はSと数十年ぶりに会話したが、つくづく友達とは良いものだ、と感じた。お互いに70歳になっているのにSは「お前がそんなにイジケテいるのはおかしい。俺には治験薬なんか何も判らないけれど、息子ならこれからのお前の治療について何かヒントになることがあるかもしれないではないか。何しろ息子には話してあるから一度連絡してみろ。」と高校時代そのままの感覚で云われてしまった。
大田からの電話
前にも書いたけれど大田は高校時代からの友人で医療関係の会社に就職し重役にまでなった男だから今でも医療の知識は奥深いものを持っている。その大田から「お前が欠席した同期会にSが出席していたが、彼と話していたら彼の息子がお前が飲んでいる治験薬の製薬会社の部長をしていて、悩みがあるなら息子に聞いてみたら良いのではないか」と云われたので、彼に連絡をとってみたらどうか、という電話があった。
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NG病院院長への投書
NG病院の院長への”投書”はいろいろな患者から多く寄せられるのかも知れないけれど、投書して2日後に院長からの返事があった。その返事には”天声人語”に掲載されていた「地下室派の医師」の記事に対する”同感”のコメント、土肥医師に対して「事情聴取のうえ今後の改善に努力する、というものに、”お見舞い”の文章が付け加えられていたものだった。
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鳩山首相
少し色あせてしまったけれど今回の衆議員選挙はいろいろあったが結局民主党の圧勝、政権も交代してしまった。戦後の日本では初めてのことでもあり、”何でも反対”していた野党が与党になってどうなるのだろうか多少心配だったが今のところ大きな問題もなく推移しているように見える。
ただ、正副大臣や渦中の人達は、極端に云えば”素人”なのだし、その一挙手一投足を視聴率を上げるように編集して流すメディアや、じっと見守っている国民に対して納得がいく政治をしなければならないのだから大変だろう。又、連立を組んだ政党の考え方の違いや党内の”黒幕(?)”に対しても気を使わなければならないだろうから関係者の体力や気力も問題になるかも知れない。
一方野党に成り下がった自民党も来年の参院選に向けて必死の巻き返しを図るから、この正念場をいかに乗り切るかで、民主党の成果が問われるだろう。現段階でも中には”拍手”出来る方向転換もあるので、多少不謹慎な云いかたをすれば”お手並み拝見”といきたい。
ただ、正副大臣や渦中の人達は、極端に云えば”素人”なのだし、その一挙手一投足を視聴率を上げるように編集して流すメディアや、じっと見守っている国民に対して納得がいく政治をしなければならないのだから大変だろう。又、連立を組んだ政党の考え方の違いや党内の”黒幕(?)”に対しても気を使わなければならないだろうから関係者の体力や気力も問題になるかも知れない。
一方野党に成り下がった自民党も来年の参院選に向けて必死の巻き返しを図るから、この正念場をいかに乗り切るかで、民主党の成果が問われるだろう。現段階でも中には”拍手”出来る方向転換もあるので、多少不謹慎な云いかたをすれば”お手並み拝見”といきたい。
NG病院院長への投書](朝日新聞の天声人語)
大きな病院には病院の掲示板に「理念」「基本方針」「患者の権利」などが掲示してあるが、NG病院にも掲示がある。この中で「患者さんの権利」は8項目あるけれど、その中には下記の文がある。
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治験=モルモットの終わり(9)
土肥医師に対しては心の底から腹が立っているので、その後のKG病院で長井医師に土肥医師の患者に対する対応を”いい告げ口”すると長井医師は「私は学会で何度か土肥医師を見かけているけれど彼は”研究者”である」と直接的な医師批判はしなかったが、暗に医者としては失格のような発言をしていた。
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治験=モルモットの終わり(8)
さて8月20日になったので私は女房と二人でNG病院へ向かったが、いつものように2時間ほど待たされて診察室に入った。そこで土肥医師は「KG病院へは行きましたか。」と云うので「行って長井医師に先生の紹介状は渡しましたが、新しい治験薬の話はどうなっていますか」と聞いた。この日女房を連れて行ったのは土肥医師がいう薬の管理に対する”担保”を女房にするということの確認だと思っているから近日中に新治験薬の服用を始める、と考えていた。
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耐震工事
大学の一部の校舎は耐震強度が不足しているという事でこの夏休みに補強工事が行われた。部分的に全面ガラス張りの壁面を鉄筋コンクリートで補強しその外側を化粧タイル張りとしたのだけれど、夏休み明けで大学に登校した学生の殆どは補強工事に気がつかないほどの外観に仕上がっている。私は工事の過程を見ているが、漠然と見ていると職人たちの動きは非常にスローで休憩時間も多くテキパキした作業にはみえないけれど、その気になって見ると30人ほどの職人が細かく決められた作業手順を的確に分担してそれぞれの工程を確実に消化しているのが判り、”さすがはプロ”だと感じた。もしかしたら大学の教職員達より仕事の進め方は上か、と思うのは云い過ぎなのかな。
孫からの絵日記
治験=モルモットの終わり(7)
私は土肥医師からこの話を聞いて”新しい治験薬が第一相の治験薬であっても今までのS薬の副作用を考えればチャレンジしてみよう”と一縷の望みが出たように感じながら帰途についた。
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治験=モルモットの終わり(6)
それを聞かされていた合間に「私が服用していた治験薬は効果がないと云われるが、他の治験薬はないのですか」と聞いてみた。すると土肥医師は「まだ他の治験薬はありますが、その治験薬は第一相の治験薬であなたに効くかは全く不明ですし、あなたはAMN治験薬の服用ルールを守ることが出来なかったので新しい治験薬の服用も、ルールが守れるかが問題です。”守れる”という担保がなければその新しい治験薬を勧めることはできません」という返事。私はそれを聞いてすぐさま”その治験患者になれないだろうか”と思ったので「ルールを守る担保とはどうすれば良いのですか」と聞くと「奥さんが薬の管理をすることです。ただ、AMN治験薬は服用を中止してから治験薬の影響がなくなる少なくても1ヶ月間は他の薬を飲むことは出来ません。だからAMN治験薬の影響がなくなったことが確認できる8月20日に奥さんと一緒に来院してください。」と云うことになった。
治験=モルモットの終わり(5)
そこでは土肥医師が待ちかまえていたように「貴方は大変なことをしましたね。」と話し出した。私はこの彼の言葉にまず腹が立った。というのは、私がルールを無視して藁をも掴む気持ちで治験薬を服用した経緯を全く聞かずに云ったからである。私は好き好んで治験薬を服用したのではなく、腹痛がひどいのに3日間も医者と連絡をとることが出来ず今まで服用していた治験薬は目の前にある状態で、今まで治験薬を飲んで腹痛で悩んだことはなかったから、仕方なくそして”なんとか腹痛が治まって欲しい”という気持ちで服用したのである。ただ、「治験薬の服用は中止しろ」と土肥医師から云われたことを破ったので、良心がとがめていたから治験看護師にその状況を連絡したのに、土肥医師は私を頭から”罪人扱い”にして話し始めたのである。
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治験=モルモットの終わり(4)
治験患者としてNG病院へ通院していた時は、必ず処方された手持ちの治験薬を持参し、治験看護師が残数を確認するルールになっていたが、7月14日の通院時には私が持っていた開封前の1瓶を持参しなかった。だから次の診察日にはその治験薬を持参して最後の診察(血液検査の結果を聞くだけ)を受けることになる。治験薬の服用を止めた翌日の7月15日になって腹痛があり、それが徐々にひどくなって17日(金)は大学を休んだ。
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治験=モルモットの終わり(3)
土肥医師から”引導”を渡され、時間が経つうちに段々腹が立つと同時に今後のことを考えると心配になり、帰途、治験薬の服用のために転院のアドバイスをしてくれたKG病院の長井医師に連絡をとり、その日の午後の外来に飛び込んだ。そこでは具体策は示されなかったが、過去のカルテを見て、「あなたは他の患者に比べるとS薬の効果が見られていたので、苦しくてもS薬の服用を再開させることが良いのではないか」、と言う意見だった。125日間の治験薬の服用は朝夕5時に決めていたが、その2時間前と1時間後は飲まず、食わず、吸わずの決めごとがあったので、特に午後服用時の3時間は苦しかった。その拘束から解放されると思うと拍子抜けしたが、一方またS薬での強烈な副作用に悩まされなければならないのかと思うと憂鬱になる。ある意味で”やけっぱち”になって近くのスーパーで缶ビールを買って帰った。ただ、夕食時には、約3年間アルコールから完全に離れていたので、飲むのが少し怖くなり飲むことが出来なかった。


