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納骨
姉貴の納骨は50日祭に行われた。私の家は神式だから“49日”ではなく。50日祭だけれど納骨は多摩墓地で遠いため、1日がかりだった。多摩墓地は関東大震災の直後に出来たらしいが、公園墓地のはしりで広いため、私が子供の頃は必ず“迷子”になってしまった。最近の納骨はお袋、親父であったが、7年ぶりに骨室を覗いた。骨室には7つの骨壷が安置されているが、小中学校同級だった姉貴と永久に会えなくなったことは、身近に接していただけに何とも云えない気持ちにさせられた。私は次男で、この墓に入る気持ちはないから骨室に姉貴と一緒に安置されることはないけれど、“霊”はどうなってしまうのだろうか。逆にもし一緒に安置されたらどうなるのだろうか。狭い骨室に何個もの骨壷が安置されたら“ケンカ”でも始まってしまうのではないだろうか。こんなことを考えながら“次はオレかもしれないな”という気持ちもあって複雑な一日だった。
民主党
民主党の代表が鳩山さんになった。血筋は良いし政界も長く、それなりの人気もあるようだが、八方美人なのか、団体(民主党)を纏める力不足なのか“代行”を3人も作ってしまった。一般の会社では“役付き廃止”とか“さんづけ運動”などか云われて久しいがそれに逆行しているようだし、一部には“こんなに多く肩書きをつけなければ指揮/統率が出来ないのか”と感じる人達もいるのではないだろうか。私は特に民主党支持/不支持ではないけれど、菅氏の代行とは何なんだろうかと思う。まあ遅くても9月には選挙結果が出るのだから“お手並み拝見”ではある。
夏場所
夏場所が日馬富士の初優勝で幕を閉じた。身体の動きは良く、相撲に対する取り組み姿勢がストレートで熱心ではあるが、小柄、軽量のためどうしても不利である。例えば大横綱の千代の富士は何度も小錦に跳ね飛ばされていたし、“おにいちゃん”の若乃花も不利な相撲が多かった。でも“小よく大を制す”という言葉もあるように、見た感じ弱い者がイカツイ奴を倒すのを見るのは気持ちが良い。琴奥州との一戦や優勝決定戦の相撲をTVで見て気分が「スカッ」とした。私も気分だけでも頑張ってプラス思考で過すことを考えなければ・・・・・。
漢字検定
この頃のゴールデンタイム(?)のTVでは制作費を削減するためかクイズ番組が多い。中でも日常は殆ど使わない漢字を答える番組があって、これも“漢字フィーバー”を煽っているようで、漢字検定の人気はすごいものがある。それにかこつけてワンマン社長とその長男の“私腹”ははちきれるほど肥えてしまったようだ。従業員の中にはそれを指摘する人達もいたらしいが、権力に負けて会社を辞めざるを得なかったと報道されている。殆どの会社でも大なり小なりこのようなことは起きているが、皆見てみない振りをせざるを得ないことが多い。それはまかり間違えば自分の首が飛んでしまうからだろう。これは政治や官僚(天下り)の世界でも日常茶飯事のこととして起きている。そいつらも入社したての頃は純粋だったと思うけれど、その環境の中に長い期間いると“悪知恵”や“狡さ”が頭を擡げてくる輩がでてくる。これは人間の大多数の“本能”かもしれないが、腹立たしいことではある。
薬の服用時間
治験薬の服用は12時間毎と決められており、15日分の治験薬が処方されるが、通院日には処方された薬のプラスチック製薬箱を治験看護婦に一時返却することになっている。その薬箱にはまだ薬が残っていても返却するのである。返却の理由は治験患者が本当に薬を服用しているか残量を確認するためと云うことで、薬箱の一時返却と同時に毎日服用した時刻を記入する表も提出させられる。
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藤野からの誘い(2)
藤野にはいままで「早くプレー日をセットしてくれ。」と云い続けていたので、「寝ぼけて椅子の角に胸をぶつけてアバラにヒビが入ったから今すぐにはプレーできない。」などとは云いにくいと思っていたら、彼から又メールが来た。「折角ゴルフプレーをセットしようとしているのだから何時が良いのか早く返事をくれ。」というメールだろうと開けてみると「突然腰痛になり、寝たきりの状態でプレーは出来なくなってしまったから、少し時間をくれ。」というショッキングなメールだった。彼は最近昼食会をしたときも「調子が悪い」と云っていたので、それが更に悪くなったのかもしれないけれど、何の因果か二人とも身体が動けなくなってしまった。お互いに“古希”を過ぎているのだから身体のどこかに“ガタ”がきているのは当然のことだとは思うけれど、これで6月のゴルフはなくなってしまったかもしれない。そうすると“デコ助医者”の云うことが正しければ、私はこの世の中にいないかもしれない。こんなことを考えるとやっぱり寂しいものである。
藤野からの誘い(1)
そんなことを考えていたら藤野からやっと誘いのメールが来た。ポーラ・クリーマーの試合を観戦したときだったから、明日にでもプレーしたいと思ったのだけれど、NG病院の次の通院日が決まっていないので、それが決まるまで待つしかない。あのトボケタ土肥医師から又「通院をスッポカスのか。」などと云われるのは一番頭にきて、腫瘍も大きくなってしまっては元も子もない。
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女子ゴルフ
少しニュース性には欠けるけれど、日本で行われた今年初めてのメジャーであるワールドレディスチャンピオンシップサロンパスカップが行われ、アメリカのポーラ・クリーマーが参戦した。彼女はテレビで見るとポッチャリしていて小柄な女性のようだけれど、175cmもある“大女”らしい。こんな表現をするのは彼女に失礼かもしれないが、ゴルフは見ているよりも精神的にも肉体的にもハードな競技で、良い成績を残すのには丁度いい体型かもしれない。今回は1週間ほど前に来日したようだけれど時差、環境の違いなど日本人とはかなりのハンディキャップを持って試合に臨んだと思う。そして2位になったのだからやはり凄い選手なんだろうと思う。こんなことを思いながらTV観戦していると、私も“もしプレーしたら途中でダウンしてしまうかもしれない”などと云う弱気な考えなど持たずにどんどんプレーすべきなんじぁあないだろうか、とも思う。いまの私には“弱気”の考えが一番の敵かもしれないのだから・・・。
5月7日の通院(7)
これは多少話が違うが治験薬を服用していて5月5日に左腕に13x8mm、右腕に5x3mmの内出血があった。10日程前から時々頭が締め付けられるような違和感があり、S薬を服用していたときにKG病院の長井医師が「脳内出血が心配」と云っていたことを思い出したので、現在服用している治験薬とは違うけれど、土肥医師に腕の内出血跡を見せて(彼はそれを“チラッ”と見てまたパソコンに向かったが)、「脳内出血が心配」と云うと「今日の血液検査の結果で判断して次回の通院日を決めますが、即日来てくださいということも有ります。」と云う。
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5月7日の通院(6)
土肥医師に診てもらうことになった時、「夜中でもタクシーをとばして来ることが出来ますか。」とか、診察の予約時間が大幅に遅れたとき「他の患者を診ているのだから、仕方がない。もし遅れるのが嫌なら前日近くに泊まってもらうことになる。遠くから来る患者は飛行機を利用している人もいる。」と云われていた。夜中にタクシーを飛ばしてきたら、当然外来時間帯ではないけれど土肥医師は診察するのか、私の予約時間は午前9時だけれど診察順の発行は8時半からで、私は8時25分には病院に着いている。その後土肥医師の受付箱に診察券を入れるのだけれど、その前に必ず治験看護婦のところへ行かなければならないので、どうしても遅れがちになってしまう。近くに前泊しても同じことである。
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5月7日の通院(5)
「電話は午後5時頃したら、井藤さんが不在だったので初めての通院日の問診時に同席してくれていた治験看護婦の羽良さんにしました。」「あなたの担当治験看護婦は井藤ですし、午後5時では遅すぎます、」「何時に連絡しろとは云われていません。」「少なくても外来の時間帯に連絡してくれなければいけません。」「この病院の外来の時間帯は知りません。」「午後5時に連絡をくれて異常があった場合“直ぐに来てくれ”と云っても診察は出来ません。第一井藤は3時までの勤務ですので早く連絡してくれなければいけません。」「私は外来の時間帯も知らないし、井藤さんの勤務時間も知らない。なぜ16日の何時までに連絡しろ、と云わなかったのですか。」「それは治験看護婦に云っておきますが、今後遅い時間の連絡は駄目です。このようなことがあれば治験患者にはなれません。あなたにはこの治験薬しか選択肢はないのですが、製薬会社が“この治験患者は駄目”と云えば、我々医者が頭を下げても処方できないのです。この薬はまだ日本では認可されていない薬だから、対象になる患者の通院時間が2〜3時間と遠い場合は患者にしたくないのです。ただあなたの場合はKG病院から頼まれたから患者 になってもらったのです。」と“脅し”ともとれることを云うのである。
5月7日の通院(4)
30mmというのは土肥医師が測ったのか、読影医師が測定したのかもわからないし「大体30mmです。」と云うのは3回もCTスキャンしたのにあまりにも大雑把な表現ではないか。そして「あなたにはこの治験薬は効果があると思うからこれからも続けましょう。」と云うので「もう少しキチンと説明してください。」と多少きつく云うと「貴方は通院日に一回来なかったけれど、これは治験だからキチンと守ってくれないといけません。」と突然反論してきた。私は通院をすっぽかしたことなどないので「そんなことはありません。」と云うと「すっぽかしたのは4月16日ですよ。」とのこと。4月16日は4月6日の診察のとき、土肥医師が「次回は4月16日ですが、異常がなければ治験看護婦に電話であなたの状態を連絡してください。」と云っていたのである。私は「“先生が電話で良い。”と云ったではありませんか。」「電話をしなかったでしょう。」「しましたよ。」「治験看護婦は電話がなかったと云っていました。」と今度は通院しなかったと云ったことは何も云わず、“電話しなかった”ことに話が摩り替わったのである。
5月7日の通院(3)
何の目的で診察するのだろうか。患者をバカにしているのではないか。人体は千差万別だろうから血液検査の結果は一般的な指標にはなるだろうが、患者の身体には一切触れないで判断するのであれば、医師の資格など不要であろう。そして彼は私が最も聞きたかった“腫瘍の変化”には全く触れず「それでは治験看護室へ行ってください。」と云うのである。私は一瞬我が耳を疑った。というのは私が一番知りたいのは“腫瘍の変化”であり、このことは治験看護婦の井藤さんには何度も話してあるし、彼女も「先生は説明してくれます。」と云っていたのにもかかわらず土肥医師は何も云わないのである。
【“5月7日の通院(3)”の続きを読む】
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5月7日の通院(2)
自覚症状は定量的、例えば頭痛にしても昨日は“5”、今日は“4”という評価はできないから感覚での表現になってしまうし、気候の変化などの外部要因によっては身体全体のだるさが異なり、例えば頭痛の感覚もひどくなることだってあるだろう。患者が診察室で“問診”を受けているのだから医者は患者の血色や態度などを診て、患者の状態を観察しながら患者が話すことを判断すべきだろう。ところが土肥医師は殆ど私を見ずにパソコンに向かって何かの操作をしながら、ただ私が話すことを聴いているだけなのである。彼は内科医であるが、脈や血圧の測定をしないばかりか聴診器など使ったことがないと思える単なる“問診”だけで、後は血液検査の結果を見て“パソコンの練習”をしているだけなのである。それも私が診察室に呼ばれたのは診察予約時間から1時間半も遅れてである。私が子供の頃の内科医は必ず脈をとり、聴診器をあてていたけれど、最近の医者は単に血液検査の結果を見て患者の状態を判断する傾向があるが、土肥医師はそれがひどく、パソコンを診察しているのではないかという感じがする。こんな医者なら血液検査の結果から参考書を基にした判断だけの勉強で良い。
5月7日の通院(1)
2月にKG病院からNG病院へ転院し“治験患者”になったが、これはなんとかGISTという腫瘍を取り除くための手段だから、S薬よりは副作用は少ないもののいろいろな自覚症状に耐えていること、通院頻度も全てのことを犠牲にしても土肥医師が要求する日には必ず通院していること、他に日常生活の流れを拘束されていることなどもあるけれど、それを乗り越えて過していると思っている。
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世界卓球
世界卓球大会が横浜で行われた。私は女房と箱根へドライブしただけのゴールデンウィークだったけれど、自宅では見るとはなしに世界卓球をTV観戦した。卓球は大抵中学時代に誰でも経験するし、忘年会などで利用するホテルには卓球台があるので、私も昔はよく遊んだことがある。でも、卓球は“スマッシュ”と“カット”しかないし、台が小さくて直ぐ勝負がついてしまうから、あくまで“遊び”であって、あまり興味はなかった。ところが世界卓球を見ていると、私が思っていた“遊び”という認識が間違っていることに気付くとともに、一流の選手の試合を見て感動した。TVでは1回戦であんなに強かったと思う日本の選手が中国の選手と対戦すると歯が立たないのを見るけれど、解説者の話を聞くと、相手の打ち込みを予想して、同じスマッシュでもストレートやカーブを打つから相手が返球できないようだ。卓球台は小さいけれどあのスピードで打ち合う中で相手の心を読みながら対応する選手たちを見ていると、ある意味で卓球を“バカにしていた”ことが恥ずかしかった。
ゴールデンウィーク
今年のゴールデンウィークは最長16日間と長く、晴天が続き、高速道路は1,000円と安く、新型インフルエンザの影響で海外への旅行を国内旅行に切り替えたり、景気が悪いのではじめから近場への旅行を計画したり、給付金を当てにしたディナーなど、庶民にとって久々の好条件がそろったため、特に小さい子供にとっては最高のウィークになったのではないだろうか。私が現役だった頃のゴールデンウィークは一家でドライブするのが恒例になっていたが、箱根、那須、伊豆、蓼科、軽井沢など渋滞を避けるために朝暗いうちにスタートして、目的地に向かっていた。女房と二人の子供との4人のドライブだけれど、渋滞や、途中で遊びすぎて時間を決めることが難しいため、宿の予約はしないで、いつも目的地だけを決めて出発していた。車には簡単なキャンプができる用具を積んでいるので、宿が取れないときは名もないような清流やキャンプ地で過ごすこともあり、必ず新しい“発見”があって楽しかった。今では子供達も子供を作って同じようなゴールデンウィークの過ごし方をしているけれど、残念ながら今の私には体調がいつおかしくなるか判らないのでそれに参加できないから、女房と二人でのんびりと近場をドライブすることにした。孫達とは遊べないけれど、二人だけの“ジジババ”旅行も味のあるものだった。
サラリーマン時代の同期会
私がYに入社した昭和38年は、技術系と事務系が各60名の120名が入社したので、入社後10年間ぐらいはどんぐりの背比べでどの部署にも同期生がいた。そして係長になるときもほぼ全員が昇格したからその後も同じように昇格すると当然部署が足りなくなってしまう。ところが良くしたもので課長、部長になると周囲が認める人しか昇格しなくなってきた。幸い私はその先端の一人だったから“昇格”という面ではショックはなかった。
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4月30日のCTスキャン
待ちに待った4月30日が来た。治験看護婦の井藤さんに電話で「私のCTの結果、腫瘍の大きさの変化はどうなのか教えてくれ。」と頼んだけれど彼女は「私は医師ではないのでお答えできません。」と云われているが、私が通院して彼女に会ってしつこく頼めば教えてくれるのではないだろうか、という淡い期待があったけれど、彼女にいくら聞いても「そればかりは答えられません。」という返事。私は「大きさは○cmとだけ云ってくれ。」と何度も彼女に詰め寄ったが駄目だった。次の診察日は5月7日だから検査の結果はそれまでお預けになった。
【“4月30日のCTスキャン”の続きを読む】
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体育寮管理人の入院(2)
“体育寮”の管理人のAさんが入院してから約1ヶ月が過ぎた。管理人は24時間勤務で3人が交代して勤務するので他の管理人にAさんの状況を聞いてみた。するとAさんは入院前58kgあった体重が49kgにまで減ってしまったという。医者は「水分で身体が浮腫んでいたからだ。」と云っているらしいが、少し痩せすぎだと思う。また、腎臓が悪いので下手をすると“透析”をしなければならないようだ。もし“透析”をするとなると、24時間勤務の管理人は出来ないかもしれないし、狭心症という病名で入院したのだから最悪の場合、ダブルパンチを受けてしまうのではないだろうか。一応Aさんは「1ヶ月休む」と云っているそうなので連休明けには戻ってくるかも知れないが元気な姿を見たいものだ。
Aさんは九州の大分出身で数年前までは好きなゴルフもしていたから「今度是非一緒にプレーしよう。」と約束していたのも出来なくなってしまいそうだ。この半年間、私の周りで“不幸”が続いているので何か良いニュースを書きたいと、“ネタ”を探しているのだけれど見つからない。この連休には箱根あたりを散策して何かを見つけたいけれど、身体がついていけるかどうか・・・・・。
Aさんは九州の大分出身で数年前までは好きなゴルフもしていたから「今度是非一緒にプレーしよう。」と約束していたのも出来なくなってしまいそうだ。この半年間、私の周りで“不幸”が続いているので何か良いニュースを書きたいと、“ネタ”を探しているのだけれど見つからない。この連休には箱根あたりを散策して何かを見つけたいけれど、身体がついていけるかどうか・・・・・。
ETCで1000円の高速道路代
私は昭和34年に運転免許証を取得したから、今年で丁度50年になる。この間駐車違反やスピード違反、酔っ払い運転は経験したが運転は嫌いではないので、今でも運転したい。ただ、こんな身体になってしまったので数年前に車を手放してしまったから、高速道路代が1000円といわれても関係ない。昔だったら遠乗りでもするだろうが、そんな気持ちにはなれない。そういえば私の遠乗りの記録は大阪から鎌倉まで一人で運転したことだろう。大阪で親しくお付き合いしていた人が亡くなり、その情報を長野県の飯田で聞き、車を運転して葬儀会場に向かったが、一泊した翌日の午後どうしても東京の本社に顔を出さなくてはならず、車を置いて新幹線で帰ろうかとも考えたけれど自分の車だったので、また車を取りに来るのが面倒だから鎌倉の自宅まで運転することにした。このときはトイレタイムを1回とっただけでノンストップで約4時間の運転はきつかった。今思えばこんな無謀な運転は考えられないことである。
豚インフルエンザ
4月の終わりから“新インフルエンザ”が世界的に流行し、テレビをひねると各局がこぞってこのニュースを取り上げている。現役時代は技術提携している会社や子会社など9カ国へ海外出張した経験があるが、私は海外に行くと“恐いもの見たさ”や“日本では出来ないこと”を経験したい気持ちが強かったので、日本のガイドブックには「絶対に行ってはいけない」とか「危険区域」などと書いてある場所にも何度となく足を運んだ。アメリカに初めて行ったときはまだ1ドル=360円の固定レートだったけれど深夜、ピストルをつけたガードマンがたむろする“あやしげ”な場所へ行ったときなど“ここで殺されるかもしれない”という気持ちになったこともあった。アジアの出張でも“恐い”経験はしたが、“ここで殺されても仕方がない”と開き直って行動していたので、ある意味では他人には云えない“特殊な経験”もしたと思う。今、例えばメキシコにいたとしたら、私はどんな行動をしているのだろうか、インフルエンザなんかで命を落とすことは願い下げだが、その土地での“冒険”をしてみたい気持ちが強かったあるからアチコチを“探検”していたけれど、今は昔の話ではある。
体操部会(4)
高校時代の体操部同期部員。
当時の写真は貴重なものだったから皆が持ち寄った写真は同じものもあったけれど、中には懐かしい他県の女子の写真もあって「この子は今どうしているのだろうか、オバアチャンになっているのは間違いないけれど孫にも体操を指導しているかもしれないな。」「この子はオバアチャンなんかになっていないンじゃあないか。」などと自分達が70歳になっていることも忘れて馬鹿なことを云いあっていた。会の終わりには皆で写真を撮ったけれど「昔のガクランで撮った写真と同じ並び方で撮ろう。」ということになり、銀座アスターの女性にシャッターを切ってもらうことにしたのだが、その女性が若くて可愛い女性で、一寸見には昔志水が付き合っていた“湘北高校の花”だった女性に似ていたのでもう一度盛り上がった。“湘北高校の花”はこのぶろぐでも以前紹介した女性で小柄だけれど本当に可愛かった。彼女も歳をとってしまったのだろうか、何はともあれ楽しい“会”だったので、昔と今の写真を載せておきます。
| 高校3年生 | 現在 | |
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当時の写真は貴重なものだったから皆が持ち寄った写真は同じものもあったけれど、中には懐かしい他県の女子の写真もあって「この子は今どうしているのだろうか、オバアチャンになっているのは間違いないけれど孫にも体操を指導しているかもしれないな。」「この子はオバアチャンなんかになっていないンじゃあないか。」などと自分達が70歳になっていることも忘れて馬鹿なことを云いあっていた。会の終わりには皆で写真を撮ったけれど「昔のガクランで撮った写真と同じ並び方で撮ろう。」ということになり、銀座アスターの女性にシャッターを切ってもらうことにしたのだが、その女性が若くて可愛い女性で、一寸見には昔志水が付き合っていた“湘北高校の花”だった女性に似ていたのでもう一度盛り上がった。“湘北高校の花”はこのぶろぐでも以前紹介した女性で小柄だけれど本当に可愛かった。彼女も歳をとってしまったのだろうか、何はともあれ楽しい“会”だったので、昔と今の写真を載せておきます。
体操部会(3)
我々の年齢になると話題はどうしても“健康”、“孫”、“死”になるけれど、これらの話題が終わって皆が持ち寄ったアルバムを広げると、皆の気持ちは一気に半世紀前の高校時代に戻り、体操や修学旅行、大学受験の話になったが、体操では自宅に暗室を持っていた藤野のお陰で、当時まだあまり普及していなかったカメラで撮った、試合や練習風景の写真が多く残っているので、それを“魚”に花が咲いた。
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体操部会(2)
“ふり”で飛び込んだ“銀座アスター”だったけれど、運良く6名用喫煙OKの個室を確保することが出来、あらためて“無事皆外見上健康”で再会することができたことを喜んだ。“外見上”というのは“床に臥していない”ということで、当たり前のことだけれど皆70年間維持している身体だから、身体の中は何処かに欠陥があるということで、何も異常がないのは阪井だけだった。私と藤野は内臓が“ガタガタ”だし、五島はヘルペスの後遺症でしびれが残っていると云い、志水は何年か前に頭を手術した後から聴覚が弱くなっていた。こんな自分の体調の話や、孫の話、友達が逝ってしまった話が話題だったけれど、皆昼から紹興酒を飲みながらの話で、私だけが“蚊帳の外”だから飲みたい気持ちを抑えるのが辛かった。



